写経の時間~副住職法話と写経~

講座名写経の時間~副住職法話と写経~
開催日時2023年2月1日(水) 14:00~16:30
場所2階中小会議室
内容

『弘明寺観音』美松副住職をお招きして、初めての人にも分かりやすい写経の目的・作法や仏教の教えに基づいたお話を聞き、一緒に写経を行います。

※書き上げられた写経は、ご希望であれば当館でお預かりし弘明寺観音に納経させていただきます。

対象成人
定員20人(先着順)
参加費500円※当日お支払いください。
持ち物特にありません。※写経セットを用意しています。
受付開始日1/11~電話または直接施設へ(初日のみ来館9時30分~ 電話13時~)
実際の様子

2/1(水)『写経の時間~副住職法話と写経~』を開催し、22名の方にご参加いただきました。昨年2月に初めて弘明寺美松副住職に講座をお願いしてから今回でちょうど1年、初参加の方に挙手してもらい、半数以上いらっしゃいました。副住職は、1年経過しても初参加者がいらっしゃる程広まり、キャンセル待ちが出る程ご好評いただき有り難いことですとおっしゃいました。

冒頭、副住職は「皆さんそれぞれ仏教観に違いがあると思います。私はこのように地域の方々とお話しすることで、僧侶と皆さんとの仏教観のギャップを無くして行きたい」そして、「皆さんと僧侶の仏教観、死生観のギャップが無くなっていくと良い。お寺は地域のコミュニティであると考えているので、お寺の敷居を低くして皆さんがお寺をもっと身近に感じられるようにしたい」と話されました。

写経をする意味については、「布教を目的とした実用的なコピー(書写)の面もあるが、修行の一環としての目的が圧倒的に多い。嵯峨天皇は平安時代に流行った疫病退散を祈願して写経をされた。その後歴代天皇も嵯峨天皇のお写経に倣って、大きな天災のたびに自ら般若心経のお写経をされて国の平静を祈願され、今上天皇もコロナ収束を祈願して写経をされている。このように天皇は古来より写経をされてきた。」と説明されました。

また以下のような説明をありました。近年「御朱印」が流行っているが、「御朱印」はお参りした証である。般若心経(写経)をお寺にお供えするまたはお供えできない時は般若心経を唱えた証となるのが「御朱印」である。『スタンプラリー』とは趣旨が違う。配布した『写経のしおり』【写経の意義】の4.に書いてある「本義を押さえる。本物を知って崩していただくことが大事である。」

この後、実際に写経をするにあたり、筆の持ち方、腕の置き方について、参加の皆さんに筆を持ってもらい丁寧に説明してくださいました。副住職は昨年、書道の師範になられたとのことで、筆を持つ位置による筆圧の違いや穂先の向きに注意するなどのコツも教えてくださいました。

 

皆さん、約1時間半真剣に写経に取り組まれました。皆さんが書き始めてから副住職が席を周って気づかれ、「字の大きさがバラバラの人は、今書いている字しか見ていないか、書いている字しか見えない状態だからです。それは首が前に落ちてしまっていて近すぎるからです。全てを俯瞰して見ている状態になることが大事で、机と体はおにぎり1個分空け、今書いている字の前後2~3文字が見渡せるように心がけてください。」とアドバイスくださいました。     

 

16時から再び副住職の法話を聴きました。「皆さん、写経講座には仏教や写経に興味のある方が参加されていると思います。皆さんは何故仏教や写経に興味をもったのでしょうか?」という問いかけから始まりました。

今、世の中では暗くなるような事件が多発している。やってはいけないことと、やっていいことの線引きはどこにあるのか。何事にも原因と結果がある。仏教では「因」という種があるから「果」があり、「因」と「果」の間にある条件が「縁」という概念である。仏教で善と悪はどのようにとらえているのか。

その行為(因)が将来良いことに繋がっていくものを「善」。その行為(因)が将来、悪いことに繋がっていくものを「悪」。将来、善になるか悪になるか分からないものを「無記」。の3つに捉えている。こちらが善を発しているこということが大事である。行為自体に善悪の定義がされていない。そこが仏教のおもしろいところである。

「戒」「律」について、「戒」は個人的なものであり、「律」は集団生活の規範のルールである。自分が罪を犯したかどうかの基準が大切である。もし戒律を破ってしまったら反省する。その人の中に「戒」が無いと罪と認識せず、やってはいけないと認識がない。破ってはいけないが、もし破ってしまったときに立ち返ることができるのが「戒」。みんなが幸せに暮らすためのルールであり、個々で認識しているものと集団で認識しているものがある。戒名は「戒律」を受けた時(受戒)の名前である。亡くなってからもらう名前と思っている人が多いが、生きている時に授かっておくのが良い。僧侶には戒名がついている(僧侶の名前が戒名である)。これは既に戒律を受けているということである。

仏教的な目のつけどころとして「論理的にものごとを考察するための着眼点を与えてくれるのが仏教である。」と締めくくられました。

今回も写経指導や深いお話をありがとうございました。

参加の皆さんからも「為になるお話、ありがとうございました」「法話を伺う機会が無かったのでとても貴重な時間でした」「仏教のお話、楽しく聞きました」「初めての写経でしたが、写経の目的や仏教観のギャップがよくわかりました」とのお声をいただきました。

皆さまご参加ありがとうございました。今までのご参加者の53枚のお写経をお寺に納経させていただきました。